過去日記vol.1 「夢なんて、なかった」続き③
どうも、なすなすです。
暑い日が続きますが、夏は好きです。(特にセミの音と、スイカ🍉)
続き③
もともと、夢はなかったものの、
日本中、世界中の色んな人と接してみたい、色んな価値観と触れてみたい
という想いはずっとあり、
社会学部系のある大学(受験)を受けていました。
(今思えばなぜグローバル系は受けなかったのかと思いますが(笑))
昔から
特定の人とずっと一緒にいることがなぜか退屈になってしまう性格でもあった。
だから、中学・高校もクラス分けがあることは意外に楽しんでいたし、
色んな友達としゃべるのは好きでした。
また、ニュースで流れてくる色んな社会問題に関しても
感情移入することが多く、興味がとてもありました。
自分だったら、この問題どうやって解決するだろうか。
なんで事件を起こした人はそんなことしちゃったんだろう。
とか色々考えだしちゃう。
全部自分事に思えちゃうんです。
なんか今まで関わったことないような人と知り合ってみたい。
そして入ったのは、ある大学のできて間もない、新学部。
しかし、第4希望くらいまでの大学が全て落ちた私は、
1年間仮面浪人するつもりで大学へ通い始めました。
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この学部は、ある意味日本内の小規模グローバルな学部でした。
(伝わりにくい)
まだ学部が出来立てということもあったので、
入ってくる学生も良い意味で系統がすごくバラバラ、
まるで小さい子供が様々な色のクレヨンでぐちゃぐちゃに描いたような
空間。
教室内に同学年の学部生全員が集まり、
オリエンテーションから始まっていくのですが、
友達数の取り合いでもしているかのように
隣の人とかだけじゃなくて、片っ端から全員と会話していく男の子、女の子。
適当なグループ分けで学生同士のコミュニケーション時間が設けられ
場を呼んで瞬間的に場を回していく子。(その他、多々)
え、これほんとに同級生?
同い年なのに、みんなものすごく堂々としててキラキラしてて、
(もちろん、私のようにぽか~んとしてる人も多数いた)
全国各地から超リーダーシップ取ってきました的なリーダー的オーラの
人達が数人ではなく、4分の一くらい、
その流れにつられて、人馴れしている子達もどんどん仲良くなっていく。
初日にして、同級生に圧倒されているわたし。
ここ、すごい。
自分と同い年にこんなすごい人たちが日本にはまだまだたくさんいたんだ。
私が居た世界はまだまだすごく小さかったんだ。
この学部の人たちと一緒に4年間過ごしたらどんだけ楽しいことが待ってるんだろう。
大学というものを舐めてた、わたし。
一年仮面浪人しようとしてた自分がものすごく恥ずかしくて
大学って偏差値だけじゃないんだ、って思った瞬間。
頭がいい悪いじゃなくて、大事なのは
人間力の強さだ。
私はここにいれば何かがたくさん得られる気がする。
長々と語りましたが、
そんな直感がこの時、ピシャーーっと、働いた。
そしてここに入ったことが私の人生の大きな転機になったんです。
vol.1 完
過去日記vol.1 「夢なんて、なかった」続き②
そんな夢もないまま、
大学受験の準備期間を迎えてしまい、
どこいきたいとか、何学びたいとか何もなかった、
けど祖父母の家で一緒に暮らしてみたいという想いだけは
ずっとあったので、祖父母の家の近くの大学を受けることにしました。
でも、
私には根本に致命的なことがありました。
まず、勉強ができない。
できないというか、やらない。
なぜか。
将来やりたいことも、なりたい自分もなかったから
勉強する意味が分からなかった、そして宿題をいつもぎりぎりにやったり
テストでいつも赤点を取ったりすることで親からひたすら叱られる日々が続き、
逆に反骨真で親の思い通りになりたくないと、
自らその道をどんどん突き進んでしまった。(勉強をしないのが私だ、的な謎ポリシー)
結果、高校時代はぎりぎり停学等はまのがれつつ、友達とひたすら遊び、
いつしか勉強の仕方が分からない人間になってしまってた。
親がどうこう以前に、自分にとって損な道を進んでた。
なので、いざ受験勉強だ、といくら意気込んでも
どう勉強したら成績が上がるのか、わからず勉強してしまいました。
そしてもう一つが、大学に行く理由が分からない。
高校時代の私にとって、大学は未知な世界でした。
でも、結構多くの友達は大学に行くこと自体の意味について話す子は少なくて
大半の子はどこの大学を受けるのか、が焦点。
大学に行くことは当たり前です。
でも、人生最後の楽園?って多くの人は言うけど、
え、大学4年間を過ぎたらその後一生楽しくなくなっちゃうの?
人生ってそんなものなのかな、なぜ人は大人にならなくちゃいけないの。
早くおばあちゃんになってひっそり暮らしてたいよ。
大人になる意味も、大学に行ってその後就職する意味もわかんなくて
受験する意味がわからなくなっちゃったんです。
(今思えばそういう考えさえ周りに甘えすぎちゃってるな自分、と思うけど、そんな甘い環境に居てしまっていることすら気づけなかった。)
で、見事、祖父母の家の近くの大学は、全落ち。
残ったのは、都内にある偏差値低めの大学でした。
つづく。
過去日記vol.1 「夢なんて、なかった」
最初の記事からずいぶん間が空いちゃいました。
結構ななまけものに加えて
どう書き始めるか随分悩んでしまって、
自分はシンプルにしか書けないことにようやく気付きました。
興味がございましたら最後まで読んでくださると嬉しいです。
私は、幼い時から「夢」というものがありませんでした。
最近では、夢がないことは悪いことじゃない、って人も
多く出てき始めた
ような気がするけど、
自分が小学校とか中学高校の時は、
夢がある人はとても良いという風潮が
多かった気がしてます。
実際私は、
将来やりたいこととかなかったし、大人になりたくなくて、
ただ早くおばあちゃんになって優雅な人生を送りたいと思ってました。
👆(誰かのおばあちゃんになるには、まず結婚して子供産んで孫生まれたりしないと自分が思い描く理想のおばあちゃんにはなれないなあ、とは分かってたけど、考えるのもめんどくさい…)
だとしたらそもそもなんで生まれて来たのか
すら考えることもしばしば。
でも日々の生活が嫌なわけでもなく
楽しい生活を送らせていただいてたから
淡々と過ごしてました。
一方周りの友達の半分くらいは、将来の夢を何かしら持っていて、
そういう人たちはすごくキラキラして見えました。
夢がない自分がどこか情けなくて
風潮的にも夢を持っていることが良い
とされる雰囲気がどこともなく感じられて、
(夢は早く見つけたもん勝ち、と言わんばかりの)
自分はどこかで自信をなくしてしまいました。
高校までそれは続いた。
でも、結局夢なんて生まれてこないから、
とりあえず普通の大学に入って4年間過ごしながら夢を探すしかない、
それしか私には道がなかったんです
(当時の私の頭では親の考えに従う以外に何もできなかった)。
ここまで話して見返すと本当にどこにでもいる人間ですよね。
本当にどこにでもいる人間。
でも、0.00000000001%、自分は世界の中の何かを変えられる存在になれるんじゃないか、って信じてる自分もなぜか昔からいました。
つづく。
気まぐれに、過去を振り返る「過去日記」を始めます。たまに日常もはさみます
どうも、初めまして!
始めての投稿です。
語りたいことがたくさんあり
いつも頭の中だけでぐるぐる考えを巡らせてるので、
こちらに発散しようと思い始めました。
主に私の歩んできた人生の話です。
ごく普通な人間が、
普通とはとても言い難い、奇妙で不可思議な
ご縁の物語の軌跡を
記録にしていきたいと思っています。
文章を書くこと自体に慣れていないですが
温かく見守っていただけたら幸いです。